この記事でわかること
- 技術の習得には、速く上達する時期、ゆっくり安定する時期、定着、自動化といった段階があると整理されています。
- 運動野のほか、小脳と大脳基底核が役割を分けて関わっていると考えられています。
- 弦楽器奏者では、左手の指を担当する脳の領域が大きくなっていました。数日の練習でも、運動野の変化が見られた実験があります。
- 音を聴く働きと手を動かす働きは、練習を始めて20分ほどで結びつきはじめるという研究があります。
- 多くの研究は単純な課題が中心で、実際の演奏にそのまま当てはまるとは限りません。わかっていないことも整理しました。
Overview技術が身につくまでには、いくつかの時期がある
同じフレーズを繰り返し練習すると、最初は弾けなかった動きが、少しずつ安定していきます。この変化を、脳科学では「運動学習」と呼びます。運動学習の研究では、指を決まった順番で動かす課題などを使って、練習による脳の活動の変化を調べてきました。
脳画像の研究にもとづいて提案されているモデルでは、新しい運動技能の学習を、速い時期、遅い時期、定着、自動化、保持という段階に分けて考えます。また、動きの順序を覚える学習(運動系列学習)と、環境の変化に動きを合わせる学習(運動適応)では、脳の使われ方が異なるとされています。
| 時期 | 研究上の整理 | 演奏にあてはめた例(目安) |
|---|---|---|
| 速い時期 | 練習を始めてすぐ、短い時間のうちに大きく上達する | 新しいフレーズを弾きはじめた最初の数回から数十分 |
| 遅い時期 | 数日から数週間かけて、ゆっくり安定していく | 同じ曲を毎日練習して、少しずつ弾きやすくなる時期 |
| 定着 | 練習した内容が、記憶として固まる | 練習を終えたあとの時間 |
| 自動化 | 意識しなくても、動きが出るようになる | 考えなくても指が動く状態 |
| 保持 | しばらく練習しなくても、技術が保たれる | 数日あけても弾ける状態 |
Doyon, J., & Benali, H. (2005). Reorganization and plasticity in the adult brain during learning of motor skills.
成人の脳で、運動技能の学習中に起きる変化を整理した論文。大脳皮質と大脳基底核、大脳皮質と小脳の回路が、学習の段階(速い・遅い・定着・自動化・保持)と、学習の性質(運動系列学習か運動適応か)によって異なる役割を持つというモデルを紹介している。
指を速い順番で動かす課題を、毎日の練習で数週間続けた実験があります。速さと正確さは数週間にわたって向上しました。ただし、この上達は、同じ動きの部品でできた別の順番の課題や、反対の手には広がりませんでした。つまり、技術は「練習した動きそのもの」に結びついて身につく、ということです。
脳活動の面では、最初の練習セッションの中で、運動野の使われ方が切り替わる変化(速い学習)が見られました。4週目には、練習した順番の動きで活動する領域が、練習していない順番より広がりました(遅い学習)。この変化は数か月続きました。
Karni, A., Meyer, G., Jezzard, P., Adams, M.M., Turner, R., & Ungerleider, L.G. (1995). Functional MRI evidence for adult motor cortex plasticity during motor skill learning.
指の動きの順序を毎日練習した成人の脳活動を、機能的MRIで調べた研究。練習した順序で運動野の活動範囲が広がり、その変化は数か月続いた。上達は、練習した順序や練習した手に限られていた。
ただし、これらの研究で使われた課題は、指のタッピングなどの単純な運動で、楽器の演奏そのものではありません。演奏にそのまま当てはまると言い切ることはできませんが、技術習得を考える枠組みとして広く使われています。
Brain Regions脳の中では、役割分担が行われている
運動技能の学習には、大脳皮質のほか、小脳と大脳基底核が関わるとされています。研究では、「大脳皮質と大脳基底核」「大脳皮質と小脳」という2つの回路が、それぞれ独立に、異なる座標で運動技能の学習を担うという考え方が提案されています。
| 領域 | 提案されている役割 | 主な出典 |
|---|---|---|
| 大脳皮質(運動野・前頭・頭頂) | 運動の計画と実行に関わる。練習すると、練習した動きで活動する範囲が広がる | Karni 1995、Hikosaka 2002 |
| 小脳 | 動きの結果を予測する「内部モデル」を持ち、感覚のフィードバックの遅れを補うと考えられている | Wolpert 1998 |
| 大脳基底核 | 動きの順序の学習に関わる。目的をもった行動が、習慣的な反応に移る過程にも関わる | Yin & Knowlton 2006、Doyon 2009 |
Hikosaka, O., Nakamura, K., Sakai, K., & Nakahara, H. (2002). Central mechanisms of motor skill learning.
前頭頭頂皮質と、それにつながる大脳基底核・小脳の領域が運動技能の学習に関わることを示し、「皮質-大脳基底核」「皮質-小脳」の2つの回路が独立に学習を担うという考えを提案した論文。
小脳については、動きの結果を予測する「順モデル」を持つという考え方があります。感覚のフィードバックが届くのを待たずに、予測にもとづいて動きを調整できるため、フィードバックの遅れを補えるとされています。速いパッセージでは、音を聴いてから次の指を決めていては間に合いません。小脳が予測に関わるという説は、速い動きの制御を考える手がかりになります。
Wolpert, D.M., Miall, R.C., & Kawato, M. (1998). Internal models in the cerebellum.
小脳が運動器官の内部モデルを持つ可能性を論じたレビュー。逆モデルは目的の動きに必要な指令を作り、順モデルは動きの結果を予測してフィードバックの遅れを補うとされる。
大脳基底核については、意識して選んで行う動きが、練習を重ねるうちに、状況に応じて自動的に出る動きに変わっていく過程に関わるという研究があります。これは、技術が自動化する良い面と、いったん固まった癖が直りにくい面の、両方に関わる可能性があります。ただし、楽器の癖への当てはめは、あくまで推測です。
Yin, H.H., & Knowlton, B.J. (2006). The role of the basal ganglia in habit formation.
目的をもった行動が、どのように習慣的な反応に変わるのかを、大脳基底核の研究から整理したレビュー。
Doyon, J., Bellec, P., Amsel, R., Penhune, V., Monchi, O., Carrier, J., Lehéricy, S., & Benali, H. (2009). Contributions of the basal ganglia and functionally related brain structures to motor learning.
新しい運動を学ぶとき、またそれが定着して自動化するまでの間に、大脳皮質と線条体(大脳基底核の一部)の系がどう変化するかを、画像研究から整理したレビュー。
Brain Changes練習によって、脳は実際に変わる
練習によって脳が変化することは、複数の研究で確認されています。代表的なものを挙げます。
弦楽器奏者の左手
磁気を使った脳活動の測定で、弦楽器奏者では、左手の指を担当する脳の領域(体性感覚野)が、対照群より大きいことが示されました。右手では差がなく、左手の中でも親指では差が最も小さい結果でした。変化の大きさは、楽器を始めた年齢と関連していました。
5日間のピアノ練習
ピアノの片手5本指の練習課題を、毎日2時間、5日間学ぶ実験では、指を曲げる筋肉と伸ばす筋肉を担当する運動野の領域が広がり、活動の閾値が下がりました。変化は、練習に使った手に限られていました。
子どもの15か月
幼児期に15か月の音楽訓練を受けた子どもでは、脳の構造に変化が見られ、運動と聴覚のスキルの向上と関連していました。
プロとアマチュアのちがい
プロの鍵盤奏者、アマチュア、音楽家でない人を比べると、運動・聴覚・視覚空間に関わる領域で、灰白質の体積に差がありました。差は、練習の強度と関連していました。
5日間のピアノ練習の研究には、課題を教えず、片手で自由にピアノを弾いてもらった対照群もありました。この群にも同様の変化は見られましたが、課題を学習したグループの変化より小さいものでした。ただ使うだけよりも、目的をもって練習するほうが、運動野の変化が大きかったということです。
Elbert, T., Pantev, C., Wienbruch, C., Rockstroh, B., & Taub, E. (1995). Increased cortical representation of the fingers of the left hand in string players.
弦楽器奏者の左手の指に対応する体性感覚野の領域が、対照群より大きいことを示した研究。変化の大きさは、楽器を始めた年齢と関連していた。
Pascual-Leone, A., Nguyet, D., Cohen, L.G., Brasil-Neto, J.P., Cammarota, A., & Hallett, M. (1995). Modulation of muscle responses evoked by transcranial magnetic stimulation during the acquisition of new fine motor skills.
ピアノの片手5本指の練習を学ぶ過程で、経頭蓋磁気刺激によって運動野の領域を調べた研究。5日間の練習で、指の筋肉を担当する運動野の領域が広がり、活動の閾値が下がった。
Hyde, K.L., Lerch, J., Norton, A., Forgeard, M., Winner, E., Evans, A.C., & Schlaug, G. (2009). Musical training shapes structural brain development.
幼児期の15か月の楽器訓練で、脳の構造に変化が生じ、音楽に関わる運動・聴覚スキルの向上と関連することを示した研究。
Gaser, C., & Schlaug, G. (2003). Brain structures differ between musicians and non-musicians.
プロの鍵盤奏者、アマチュア、音楽家でない人の脳の構造を比べた研究。運動・聴覚・視覚空間に関わる領域で灰白質の体積に差があり、練習の強度と関連していた。生まれつきの違いの影響は、この研究だけでは分けられないと、著者らは述べている。
注意が必要な点もあります。プロとアマチュアを比べた研究(Gaser & Schlaug)では、生まれつきの違いと、練習の影響を分けることができないと、著者ら自身が述べています。練習の影響を示す根拠としては、子どもの訓練の前後を追った研究(Hyde ら)のように、訓練を始める前後を比べた研究のほうが強いといえます。また、脳画像で見える変化が、細胞や分子のレベルで何を意味するのかは、まだ研究の途中です。
Zatorre, R.J., Fields, R.D., & Johansen-Berg, H. (2012). Plasticity in gray and white: neuroimaging changes in brain structure during learning.
学習に伴う灰白質・白質の構造変化を、ヒトの脳画像研究から整理したレビュー。画像で見える変化と、その背景にある細胞・分子レベルの変化を結びつけることは難しいと指摘している。
Dayan, E., & Cohen, L.G. (2011). Neuroplasticity subserving motor skill learning.
運動技能の獲得・定着・保持に伴う、脳の機能的・構造的な変化を整理したレビュー。灰白質・白質の構造的な変化が、考えられていたより短い期間で起きることも報告されている。
Hearing and Moving聴く働きと動かす働きは、練習の初期から結びつく
演奏は、複数の動きを、正確なタイミングで階層的に組み立てて行う必要があり、楽器によっては音程も細かく制御します。聴覚と運動、それぞれの領域の研究を整理したレビューでは、2つの働きを結びつける場所として、前運動野(運動の準備に関わる領域)の役割が提案されています。
Zatorre, R.J., Chen, J.L., & Penhune, V.B. (2007). When the brain plays music: auditory–motor interactions in music perception and production.
音楽の聴取と演奏における、聴覚と運動の相互作用を整理したレビュー。高次の音楽的な特徴と、適切なタイミングの動きを統合する場所として、前運動野の役割を提案している。
音楽の初心者を対象に、ピアノの20分間の練習と、5週間の練習で、脳の活動がどう変わるかを調べた研究があります。音を聴いたときに運動に関わる領域が同時に活動する、あるいは動きを行ったときに聴覚に関わる領域が活動する、という「聴覚と運動の共活動」が、わずか20分で見られました。この効果は、5週間の練習でさらに強まりました。鍵盤と音の対応を学べるグループでは、右の前方の領域の活動が、さらに高まっていました。
Bangert, M., & Altenmüller, E.O. (2003). Mapping perception to action in piano practice: a longitudinal DC-EEG study.
ピアノの初心者が、20分間と5週間の練習をしたときの、脳の活動の変化を調べた研究。練習開始から20分で聴覚と運動の共活動が見られ、5週間後に強まった。右の前方の領域が、鍵盤の心的な表象における聴覚と運動の結び目になると結論づけている。
これらの研究から、聴く力と弾く力を別々に鍛えるのではなく、音と動きを結びつけて練習することの意味が示唆されます。ただし、研究の対象はピアノなど鍵盤楽器が中心で、箏など他の楽器で同じ結果になるかは、この記事の範囲ではわかりません。
Glossary用語のまとめ
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 運動学習 | 練習や経験によって、運動の技能が、比較的長く保たれる形で向上すること |
| 運動系列学習 | 決まった順序の動きを覚える学習。楽器の運指や曲の動きの流れに近い |
| 運動適応 | 環境の変化に合わせて、動きを調整する学習 |
| 神経可塑性 | 経験や訓練に応じて、脳の働きや構造が変化する性質 |
| 運動野 | 体を動かす指令に関わる、大脳皮質の領域 |
| 体性感覚野 | 体の各部位からの感覚を受け取る、大脳皮質の領域。よく使う部位ほど、担当する領域が大きくなることがある |
| 小脳 | 運動の調整や学習に関わる脳の領域。動きの結果を予測する「内部モデル」を持つと考えられている |
| 大脳基底核 | 動きの順序の学習や、習慣的な行動の形成に関わる脳の領域 |
| 内部モデル | 体や動きの特性を、脳の中で表現したもの。動きの結果の予測などに使われると考えられている |
| 自動化 | 意識しなくても、動きが出る状態になること |
Limitsまだわかっていないこと
課題のちがい
多くの研究は、指のタッピングなどの単純な課題を使っています。実際の演奏や曲とは異なります。
期間のちがい
数日から数週間の短い期間の研究が中心で、何年にもわたる変化は比べにくくなっています。
変化と上達の関係
脳の変化の大きさと、上達の大きさがどう関係するのかは、まだ研究の途中です。
個人差
同じ練習をしても、脳の変化や上達の速さには、個人差があると考えられます。
Misconceptionsよくある誤解
「脳が変わった=上手くなった」ではない
脳の変化の大きさと、上達の大きさがどう関係するのかは、まだ研究の途中です。画像で変化が見えることと、演奏が良くなることは、分けて考える必要があります。
「才能がないと、脳は変わらない」ではない
幼児期に15か月の訓練を受けた子どもの脳の構造が変化した研究や、成人が数日から数週間の練習で運動野の変化を示した研究があります。訓練による変化は、生まれつきの違いだけでは説明できません。
「大人になってからでは、遅い」とは言えない
運動技能の学習に伴う脳の変化は、成人を対象にした実験でも確認されています。ただし、楽器を始めた年齢と、脳の領域の大きさが関連していたという研究もあり、始める年齢の影響が全くないとは言えません。
「脳のこの部分を鍛えれば、上達する」ではない
運動技能の学習には、大脳皮質、小脳、大脳基底核が回路をつくって関わります。ひとつの領域だけで説明できるものではありません。
このシリーズでは、技術の習得の段階、小脳と大脳基底核の役割、練習による運動野の変化、聴覚と運動のつながり、両手の協調、ミスからの学習、自動化したあとの意識の向け方などを、個別の記事で順に取り上げます。
Practiceここまでの研究から、練習について言えること
以下は、これまでの研究結果にもとづく一般的な整理であり、特定の練習法の効果を保証するものではありません。
毎日、続ける
指の動きの課題を毎日練習した実験では、数週間にわたって上達が続き、脳の変化は数か月保たれました。
目的をもって練習する
課題を学習したグループは、ただ自由に弾いたグループより、運動野の変化が大きくなりました。
音と動きを結びつける
聴覚と運動の共活動は、練習の初期から見られ、練習を続けるほど強まりました。
苦手な部分を直接練習する
上達は、練習した順番の動きに結びついていて、別の順番や反対の手には広がりませんでした。そのため、苦手な部分は、その部分を直接練習する必要があると考えられます。
練習の組み立て方(練習の量と質、順序、休み方、睡眠、イメージ練習など)については、上達する練習のやり方:運動学習の研究からで、さらに詳しく整理しています。
お伝えしたいこと
このページは一般的な情報であり、診断や治療を目的としたものではありません。練習中に痛みやしびれが続く、指が思うように動かないといった症状がある場合は、練習を続けずに、整形外科や演奏家の診療を行っている医療機関にご相談ください。
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個別記事は、順次追加していきます。
FAQよくある質問
Q. 上達までに、どのくらいの期間が必要ですか?
A. 研究で扱われた課題は数日から数週間のものが中心で、その間に脳の変化も観察されています。ただし、楽器や曲、練習の内容によって異なるため、期間をひとつに決めることはできません。
Q. 才能と練習では、どちらが脳を変えますか?
A. プロとアマチュアを比べた研究では、生まれつきの違いと練習の影響を分けられないと、著者ら自身が述べています。一方、幼児期に15か月の訓練を受けた子どもの研究では、訓練後に脳の構造が変化し、運動や聴覚のスキルの向上と関連していました。
Q. 大人になってからでも、脳は変わりますか?
A. 運動技能の学習による脳の変化は、成人を対象にした研究でも確認されています。たとえば、成人が指の動きの課題を数週間練習した実験では、運動野の活動範囲が広がり、その変化は数か月続きました。