結論から言うと、「大人から始めても脳は変化する」ことを示す研究はあります。ただし、「何歳から始めても同じ」と言えるわけではありません。わかっていることと、まだわからないことを分けてお伝えします。
Plasticity脳は、訓練によって変化する
脳が経験や訓練に応じて変化する性質を、神経可塑性(しんけいかそせい)といいます。楽器の演奏は、聴覚・運動・視覚・触覚など複数の感覚と、注意や記憶といった高度な認知機能が同時に関わる、複雑な課題です。音楽訓練に伴う脳の変化を調べた研究を整理したレビューでは、行動・脳の機能・脳の構造のそれぞれに、数日から数年にわたる時間の幅で変化が起きることが示されています。
以前は、熟練した演奏家と初心者を比べる研究が中心でした。近年は、訓練の前後を比べる統制された研究が増え、訓練そのものの効果を示す実験的な証拠が積み重なっています。
Herholz, S.C., & Zatorre, R.J. (2012). Musical training as a framework for brain plasticity: behavior, function, and structure.
音楽訓練による脳の可塑性を調べた研究を整理したレビュー論文。演奏の訓練が、行動・機能・構造の変化を、日単位から年単位の幅で引き起こすことを示す証拠をまとめている。
Older Beginners音楽経験のない高齢者を対象にした研究
60〜85歳で音楽経験のない31人を、個別のピアノ指導を6か月受けるグループ(16人)と、受けないグループ(15人)に分けた研究があります。指導を受けたグループは、実行機能(計画を立てたり、注意を切り替えたりする力)に関わる検査(Trail Making Test、Digit Symbol)の成績が、受けなかったグループより向上しました。
著者らは、ピアノの指導が、加齢に伴う認知機能の低下に対する介入になりうると示唆しています。ただし、参加者は31人と少人数で、この1つの研究だけで一般化することはできません。
Bugos, J.A., Perlstein, W.M., McCrae, C.S., Brophy, T.S., & Bedenbaugh, P.H. (2007). Individualized piano instruction enhances executive functioning and working memory in older adults.
音楽経験のない60〜85歳31人を対象に、個別のピアノ指導6か月の効果を調べたランダム化研究。実行機能に関わる検査で、指導を受けたグループの成績が向上した。小規模な研究である点に注意が必要。
Takeaway「遅すぎる」と言えるのか
わかっていること
音楽の訓練によって、脳の構造や機能が変化する。実験的な証拠がある。
示唆されていること
音楽経験のない高齢の初心者でも、半年ほどの練習で、認知機能の検査成績に変化が見られた例がある。
まだわからないこと
何歳から始めても同じ効果があるのか、長期的にどこまで続くのか、どのくらいの練習量が必要か。
「大人から始めても意味がある」と言える根拠はあります。一方で、「子どもの頃から続けた人と同じ水準に達する」ということまでは、これらの研究からは言えません。目標をどこに置くかは、人それぞれだと思います。
FAQよくある質問
Q. 大人になってから楽器を始めても意味はありますか?
A. 脳の可塑性に関するレビューや、音楽経験のない高齢者を対象にした研究から、大人になってからの訓練でも変化が見られることが示されています。ただし、効果の大きさや範囲には個人差があると考えられます。
Q. 脳の変化は、どのくらいの期間で起きますか?
A. 紹介したレビューでは、数日から数年という幅広い時間の中で変化が報告されています。どのくらいで変化するかは、訓練の内容や量によって異なります。
Q. 認知症の予防になりますか?
A. この記事で紹介した研究は、認知機能の検査成績を調べたもので、認知症の予防効果を示したものではありません。予防については、この記事からは言えません。