この記事でわかること

  • 運動技能の学習は、同じ練習の中で起きる「速い学習」と、練習と練習の間に進む「遅い学習」に分けて整理されています。
  • 練習の初期は、他の技能の練習による干渉を受けやすく、練習の合間の休息中に定着が進むと考えられています。
  • 学習の段階によって、活動する脳の領域が変わります。
  • 決まった順序の動きを覚える学習は「皮質と大脳基底核」、環境の変化に合わせる学習は「皮質と小脳」が中心になるというモデルがあります。
  • 研究の課題は単純な動きが中心で、楽器の演奏への当てはめには限界があります。

Why Stagesなぜ「段階」で考えるのか

運動技能を身につけるには、繰り返しの練習が必要です。いったん習得すると、その技能は長い期間、記憶として保たれます。この、長く保たれる性質は、学習と記憶の仕組みを調べるうえで、研究しやすい題材とされています。

仕組みを理解する方法のひとつが、学習の過程をいくつかの段階に分けて、それぞれの段階と、段階どうしの関係を調べることです。運動技能の学習が段階的に進み、段階ごとに主な記憶の仕組みが異なることを示す証拠が、行動、電気生理、脳画像、細胞・分子のレベルの実験から積み重なっています。

Luft, A.R., & Buitrago, M.M. (2005). Stages of motor skill learning.

Molecular Neurobiology, 32(3), 205–216. https://doi.org/10.1385/MN:32:3:205

運動技能の学習が、異なる記憶の仕組みが主になる段階を経て進むという証拠を整理したレビュー。獲得期には、同じセッションの中で起きる速い学習と、セッション間で起きる遅い学習があるとしている。

Fast and Slow速い学習と、遅い学習

運動技能の獲得期は、同じ練習セッションの中で起きる「速い学習」と、セッションをまたいで起きる「遅い学習」で特徴づけられます。1回の練習の中では短い時間で大きく上達し、そのあと数日から数週間かけて、ゆっくり安定していくイメージです。

指を速い順番で動かす課題を、毎日の練習で数週間続けた実験でも、この2つの時期が見られました。最初の練習セッションの中で、運動野の使われ方が切り替わる変化がありました(速い学習)。4週目には、練習した順番の動きで活動する領域が、練習していない順番より広がりました(遅い学習)。この変化は数か月続きました。

速い学習と遅い学習の比較
速い学習遅い学習
起きる場所同じ練習セッションの中練習と練習の間(日をまたぐ)
研究で見られたこと運動野の使われ方が、最初のセッションの中で切り替わる数週間かけて、練習した動きで活動する運動野の領域が広がる
どのくらい続くか短い時間(セッション内)数週間にわたって進み、変化は数か月保たれた

Karni, A., Meyer, G., Jezzard, P., Adams, M.M., Turner, R., & Ungerleider, L.G. (1995). Functional MRI evidence for adult motor cortex plasticity during motor skill learning.

Nature, 377(6545), 155–158. https://doi.org/10.1038/377155a0

指の動きの順序を毎日練習した成人の運動野の活動を、機能的MRIで調べた研究。最初のセッション内の速い学習と、4週間にわたる遅い学習が観察され、変化は数か月続いた。

Consolidation練習のあとの時間:定着

初期の練習セッションのあとしばらくの間、獲得した技能は、他の技能の練習による干渉や、たんぱく質の合成を妨げる処置に対して、不安定な状態にあることが示されています。このことは、練習と練習の間の休息の期間に、技能を固める「定着」の過程が進んでいることを示します。練習中にも、休息中にも、活動する脳の領域は時間とともに変化します。

運動技能の獲得、定着、保持に伴う脳の変化を整理したレビューでも、機能的な再編成が、学習の段階を通じて進むことが示されています。

Dayan, E., & Cohen, L.G. (2011). Neuroplasticity subserving motor skill learning.

Neuron, 72(3), 443–454. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2011.10.008

運動技能の獲得・定着・保持に伴う、脳の機能的・構造的な変化を整理したレビュー。構造的な変化が、考えられていたより短い期間で起きることも報告されている。

演奏にあてはめると、練習の直後に別の曲や別の技術を続けて練習することが、定着に影響する可能性があります。ただし、これは研究の枠組みからの推測です。一方で、課題を交互に練習するほうが、あとの保持が良くなる傾向があるという別の研究もあります。干渉の影響と練習の順序の効果の関係は、この記事では整理しきれません。練習の順序については、上達する練習のやり方:運動学習の研究からで扱っています。

Brain Systems段階と学習の種類で、脳の使われ方が変わる

脳画像の研究にもとづくモデルでは、成人の脳の変化を、「大脳皮質と線条体(大脳基底核の一部)の回路」と「大脳皮質と小脳の回路」の2つに分けて考えます。そして、学習の段階(速い、遅い、定着、自動化、保持)と、学習の性質(運動系列学習か、運動適応か)によって、2つの回路の貢献が異なると予測しています。

運動系列学習は、新しい動きの順序を覚える学習です。運動適応は、環境の変化に合わせて動きを調整する学習です。モデルでは、運動系列学習には皮質と線条体の系が、運動適応には皮質と小脳の系が、それぞれ中心的に関わるとされています。この違いは、成績が頭打ちに近づく遅い学習の時期(自動化)と、時間をおいたあとの保持の時期に、特にはっきり現れるとされています。

学習の種類と、中心になるとされる回路
学習の種類内容(演奏にあてはめた例)中心となるとされる回路
運動系列学習決まった順序の動きを覚える(例:曲の運指の順序)大脳皮質と線条体(大脳基底核)
運動適応環境の変化に合わせて、動きを調整する(例:楽器や条件の違いに合わせる)大脳皮質と小脳

Doyon, J., & Benali, H. (2005). Reorganization and plasticity in the adult brain during learning of motor skills.

Current Opinion in Neurobiology, 15(2), 161–167. https://doi.org/10.1016/j.conb.2005.03.004

成人の脳で、運動技能の学習中に起きる変化を整理した論文。大脳皮質と大脳基底核、大脳皮質と小脳の回路が、学習の段階と学習の性質によって異なる役割を持つというモデルを紹介している。

Doyon, J., Penhune, V., & Ungerleider, L.G. (2003). Distinct contribution of the cortico-striatal and cortico-cerebellar systems to motor skill learning.

Neuropsychologia, 41(3), 252–262. https://doi.org/10.1016/S0028-3932(02)00158-6

健康な成人の運動技能の学習・定着・保持を、脳画像研究から整理したレビュー。皮質と線条体の系は運動系列学習に、皮質と小脳の系は運動適応に、異なる形で関わるとするモデルを検討している。

Automatization「自動化」とは何か

上のモデルでは、成績が頭打ちに近づく遅い学習の時期を、「自動化」の時期と位置づけています。意識して一つずつ確認しなくても、動きが出る状態です。自動化に至る過程と、その先の保持を、モデルは別の段階として扱っています。自動化の時期に、どのような意識の向け方が良いかについては、シリーズの別の記事で扱う予定です。

Glossary用語のまとめ

この記事で使う用語
用語意味
速い学習同じ練習セッションの中で起きる、短い時間での上達
遅い学習セッションをまたいで、数日から数週間かけて進む上達。成績が頭打ちに近づく時期を含む
定着(固定)練習したあと、獲得した技能が記憶として固まる過程。練習と練習の間の休息中にも進むとされる
自動化意識して確認しなくても、動きが出る状態。モデルでは、遅い学習の時期に進むとされる
保持時間をおいたあとでも、技能が保たれること
運動系列学習決まった順序の動きを覚える学習
運動適応環境の変化に合わせて、動きを調整する学習
線条体大脳基底核の一部。運動系列学習に関わる回路の中心のひとつとされる
干渉ある技能の練習が、別の技能の定着に影響すること

Misconceptionsよくある誤解

💭

「段階は、日数で決まっている」わけではない

学習の段階の分け方は研究や課題によって異なり、何日目から次の段階、と決まっているわけではありません。

💭

「1回の練習で伸びれば、身についた」とは限らない

同じセッションの中で起きる速い学習と、日をまたいで進む遅い学習は、区別して整理されています。

💭

「伸びが止まった=もう上達しない」とは限らない

遅い学習は数週間にわたって進み、モデルでは、成績が頭打ちに近づく時期を自動化の時期と位置づけています。伸びの小さい時期にも、変化が続いている可能性があります。

Limitsわかっていないこと

❔

課題のちがい

段階を調べた研究の多くは、指の動きの順序や、視覚と運動を組み合わせた課題を使っています。楽器の演奏や、曲の練習とは異なります。

❔

段階の分け方

学習の段階の分け方は、研究や課題によって異なります。日数で段階を区切れるわけではありません。

❔

個人差

同じ練習をしても、上達の速さや、定着の様子には個人差があると考えられます。

❔

楽器への当てはめ

ここで紹介した研究は、箏などの和楽器を対象にしたものではありません。同じ結果になるかは、この記事の範囲ではわかりません。

Use練習にどう活かせるか(一般的な整理)

以下は、研究結果にもとづく一般的な整理であり、特定の練習法の効果を保証するものではありません。

🔁

同じ日の上達と、日をまたぐ上達は別

1回の練習の中で上達しても、それが翌日以降も保たれるかは別の問題です。翌日の最初の出来で、確かめることができます。

🗓

数週間の単位で見る

遅い学習は数週間にわたって進みました。短い期間で結果が出なくても、変化は続いている可能性があります。

🎯

練習した動きが上達する

上達は、練習した順序の動きに結びついていました。苦手な部分は、その部分を練習する必要があると考えられます。

😴

練習のあとの時間も関わる

定着は、練習と練習の間の休息期間にも進むとされています。

学習の全体像については、ピラー記事の「演奏の技術は、脳の中でどう身につくのか」でまとめています。

FAQよくある質問

Q. 技術習得には、何段階ありますか?

A. 分け方は、研究や論文によって異なります。この記事で紹介したモデルでは、速い学習、遅い学習、定着、自動化、保持という段階に分けて整理しています。

Q. 「速い学習」と「遅い学習」は、どう違いますか?

A. 同じ練習セッションの中で起きる上達を「速い学習」、セッションをまたいで、練習と練習の間に進む上達を「遅い学習」と呼びます。

Q. 自動化は、いつ起きますか?

A. モデルでは、成績が頭打ちに近づく、遅い学習の時期に自動化が進むとされています。ただし、時期は課題や人によって異なり、日数で決めることはできません。

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