単に「病気でない」状態ではなく、心身ともに満たされている状態を指す「ウェルビーイング(Well-being)」という考え方が、健康・企業経営・教育など、さまざまな分野で語られるようになりました。その中で音楽、とりわけ伝統楽器の音色が注目される場面が増えています。
演奏家として、箏の音色が聴く人の心と体にどう働きかけているのか、研究をもとに考えてみます。
The Nervous System音は、自律神経に語りかける
音楽が自律神経系(心拍・血圧・呼吸をコントロールする神経)に影響を与えることは、複数の研究で報告されています。特に、テンポがゆるやかで、音と音のあいだに"間"のある音楽は、交感神経の興奮を鎮め、リラックス反応を促す傾向があるとされています。
Bernardi, L., Porta, C., & Sleight, P. (2006). Cardiovascular, cerebrovascular, and respiratory changes induced by different types of music in musicians and non-musicians: the importance of silence.
音楽のテンポ変化や「間(沈黙)」が、心拍・血圧・呼吸パターンに与える影響を調べた研究。ゆるやかなテンポや静寂の瞬間が、リラックス反応と関連することを示している。
箏の一音は、弾いた瞬間から徐々に減衰していく「余韻」を持っています。この余韻とその後の静けさこそが、聴く人の神経系をゆるめる時間になっているのかもしれません。
Body Chemistry音楽が引き出す、体内の化学反応
音楽は、脳内の神経伝達物質やホルモンにも作用します。心地よい音楽を聴くとドーパミンが放出されること、また、他者と音楽を共有する体験がオキシトシン("つながりのホルモン"とも呼ばれる)の分泌と関わることも報告されています。
Chanda, M.L. & Levitin, D.J. (2013). The neurochemistry of music.
音楽が脳内のドーパミン・コルチゾール・オキシトシン・セロトニンなど、複数の神経化学物質に影響を与えることをまとめたレビュー論文。音楽が快感・ストレス軽減・社会的つながりに関わる生理的経路を持つことを示している。
緊張のゆるみ
ゆるやかなテンポと余韻が、交感神経の興奮を鎮める方向に働くとされる。
呼吸のリズムへの影響
音の間(ま)に合わせて呼吸が深くなる感覚を、演奏の現場でもよく耳にする。
共有体験によるつながり感
演奏会やお稽古など、誰かと音楽を分かち合う体験が心理的な安心につながる。
お伝えしたいこと
音楽は医療の代替になるものではありません。心身の不調が続く場合は、専門医への相談を優先してください。ここでご紹介した内容は、日常のセルフケアのひとつの視点としてお読みいただければと思います。
As a Performer演奏家として、届けたいもの
立川の教室でレッスンをしていても、箏を弾き終えたあと、生徒さんの肩の力がふっと抜けている瞬間に出会うことがあります。上達のための練習であると同時に、リラックスする時間にもなっているのだとしたら、演奏家としてうれしいです。