海外のライフスタイル誌やウェルネス業界を見ていると、"Zen" "Wabi-sabi" "Ma(間)"といった日本語が、そのままキーワードとして使われることがよくあります。インテリア、香り、瞑想アプリなど文脈はさまざまですが、共通しているのは「余白」「静けさ」「不完全さの美」への関心です。
箏や三味線を弾く立場からすると、これは他人事ではありません。和楽器の音楽自体が、もともとこの「間」を大事にしてきたからです。
Why Nowなぜ、いま"静けさ"が求められているのか
情報過多の時代で、常に何かに反応し続けることに疲れている人が増えている、というのが海外のウェルネス業界でよく語られる背景です。学術的にも、音楽と自律神経の関係を調べた研究では、速いテンポの音楽よりも、間(ま)やポーズを含む音楽のほうが、心拍やストレス反応を落ち着かせる可能性が示されています。
Bernardi, L., Porta, C., & Sleight, P. (2006). Cardiovascular, cerebrovascular, and respiratory changes induced by different types of music in musicians and non-musicians: the importance of silence.
音楽のテンポや強弱の変化、そして「沈黙(間)」が心拍・血圧・呼吸に与える影響を調べた研究。音が止まる瞬間が、リラックス反応と関わっていることを示唆している。
箏曲には、あえて音を鳴らさない瞬間、次の一音を待たせる「間」がたくさんあります。西洋音楽が「音で隙間を埋める」のに対して、和楽器は「余白そのもの」を音楽の一部として扱ってきました。海外の"Zen"ブームが求めているのは、この感覚に近いのではないかと思います。
Two Aesthetics"埋める"文化と、"残す"文化
多くの西洋音楽
- 音を隙間なく重ねる
- クライマックスに向けて密度を上げる
- 完成された調和を目指す
箏曲・和楽器の美学
- 音と音のあいだ(間)を聴かせる
- 余白そのものが表現になる
- 不完全さや揺らぎを受け入れる
この「余白を残す」美学は、美学研究の分野でも古くから注目されてきました。日本の自然観・美意識を論じた研究では、対象そのものよりも、対象を取り巻く余白や関係性に価値を見出す感性が指摘されています。
Saito, Y. (1985). The Japanese Appreciation of Nature.
日本の伝統的な自然観・美意識を分析した論文。完全に作り込まれた美よりも、不完全さや無常、余白を尊ぶ感性が、日本文化の美的判断の核にあることを論じている。
和楽器の「間」は、音がない時間というより、次の音を待つための時間だと考えています。
As a Performer演奏家として思うこと
"Zen"という言葉が海外でブランド化されることに、複雑な気持ちがないと言えば嘘になります。それでも、和楽器が本来持っていた「間」の価値が、形を変えてでも誰かの心を落ち着かせているのだとしたら、良いことだと思います。
これからもレッスンや演奏の中で、音と音のあいだの間を大事にしていきたいです。